選挙って誰のため、何のためにあるのか
この会報が出される頃は、横浜市長選挙の結果が出ていることと思います。私は市長候補である日本共産党のあさか由香氏を応援し、多くのことを学びました。九条の会は党派を問わない団体ですが、今回は市長選を通じて考えたことを書かせて頂きたいと思います。
あさか氏は2016年から過去4回、参議院議員選挙に立候補してきました。党員以外にも幅広い層から支持され、何度も次点で惜敗した候補者です。今回の横浜市長選挙は山中竹春市長(当時)のハラスメント問題に端を発したものですが、辞職後から山中氏再挑戦を予感させる報道が相次ぎ、何の希望もない選挙だと思っていました。それだけに、あさか氏が出馬すると知った時には心から嬉しく思いました。そしてホームページで政策を見たときに、さらに驚かされることになりました。
私の目がくぎ付けになった政策は「朝鮮人学校への補助を再開する」というものでした。「絶対に大変なバッシングを受けるし、勝つためにはマイナスに働くのでは」とまず思いました。その後に「あえて入れたのだ」と思い至りました。外国人を嫌悪する風潮や「日本人ファースト」という差別語が蔓延する中で、それらと正面から闘う決意をしたのだ、と。
私は教員時代に、ある集会で朝鮮人学校の生徒の訴えを聞いたことがあります。「日本で生まれ育ち、自らのルーツを知るために朝鮮人学校で学ぶことを選んだのに、他の外国人学校には補助をして、なぜ私たちの学校にだけ補助してくれないのか」と切々と訴えていました。北朝鮮の政治体制等は問題がありますが、それを理由に子どもの学ぶ権利を侵害するのは本当におかしな話です。ただ、大多数の人はこの問題を知りません。選挙に勝つことだけが目的なら、あえて触れない選択肢もあったと思います。
しかし選挙を通じてあさか氏は一貫して「差別はだめだ」と言い続けました。複数の公開討論会で「朝鮮人学校への補助に賛成するか」と他候補に問い「賛成する」回答を引き出しました。給食の列に並んでいた外国人ルーツの子どもが他の子どもから「日本人ファーストだ」と揶揄された問題を訴え、そのスローガンを掲げた政党や政治の責任を厳しく批判しました。横浜駅で対話に取り組んだ際、通行者が「私は在日で選挙権がない」と立ち去ったことに涙し、次の日から英語と韓国語のプラカードも設置して「投票権があるなしに関わらず、あなたの願いを聞かせてください」と訴えました。
私は今回あさか氏と彼女を支え続けた日本共産党の姿を見て、選挙は本来こうあるべきだと強く思いました。近頃は選挙になると国民に受けそうなワンフレーズや軽い言葉が飛び交い、選挙後は公約と全く違うことが行われることが常態化しています。票をとることばかりが優先され、本当に大切なものを見失っていると思うのです。大切なことは、政策を通じてこの社会をどうしていきたいのか問いかけること。それを受けて、有権者一人ひとりが社会のあり方、国や自治体のあり方を考えることではないでしょうか。そして時には、社会に蔓延している悪しき風潮にも問題提起をする。そうすれば例え選挙に敗北しても、提起した問題はその後も受け継がれ議論され続けることになります。そうやって社会は、少しずつ成熟し発展していくのではないでしょうか。
日本国憲法における基本的人権は、日本国籍を持つ人だけに保障されるものではありません。憲法前文には「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」と明記されています。人権は選挙権や国籍があるなしに関わらず保障されるべきものであり、だからこそ光の当たらない声に耳を傾け続けることが政治家の本来の役割だと思うのです。
選挙は誰のため、何のためにあるのでしょうか?来る町長選や来年の統一地方選挙に向けて、再度みなさんと考えあいたいと思います。
大石舞
