5月22日「憲法記念日に寄せて・憲法改悪の岐路だからこそ、憲法の平和理念を生かした外交を」

日本国憲法が1947年5月3日に施行されてから79回目の憲法記念日を迎えた。アジア太平洋戦争で日本が行った侵略行為によって、国内外で多大な犠牲者が出た。その反省の上に、日本は「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起こることがないやうにすることを決意」した憲法のもとで、平和国家としての歩みを始めた。戦後80年間、日本が他国との戦争に参加せず、戦争で一人も殺さず、殺されることもなかったのは、憲法9条があったからである。しかし、今、その憲法9条が大きく変えられてしまう岐路に立っている。
4月12日の自民党の党大会で、高市早苗首相が「立党から70年、時は来ました。国会で結論のための議論を進め、改正の発議について、なんとかめどが立ったと言える状態で来年の党大会を迎えたい」と宣言し、自民党の結党以来の党是である「憲法改正」実現の意欲と決意を示した。先の衆議院選挙で戦後初めて単独で改憲発議に必要な3分の2以上の議席を獲得し、その数の力によって一気に実現しようと前のめりになっている。
改憲のねらいは、憲法9条を変えて自衛隊を軍隊として位置づけ、日本を戦争のできる国にすることにある。日本国憲法は、戦後、米国の日本統治の基本方針である日本の非軍事化と、戦争を二度と起こさないという国民の思いによって作られた。しかし、朝鮮戦争の勃発によって、日本の再軍備へと米国の方針が変わったことで憲法9条改悪の動きが始まった。戦後日本は、不戦を誓った平和憲法と米国の世界戦略に日本を巻き込もうとする日米安保条約とのせめぎ合いの中で、現在を迎えている。
憲法9条は、一項で「戦争を放棄」し、二項で「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」と規定することで、軍事を完全に否定し「どんなことがあっても戦争はしない」という立場に立つ。戦争とは、侵略戦争だけではなく自衛戦争をも含んでいる。これは、全ての戦争が自衛の名で行われるという消極的な規範ではなく、軍事力を封印することで「非軍事による平和」を追求するという積極的な規範である。1954年に発足した自衛隊は、この憲法9条の規範によって常に違憲性が問われ、その活動が制約されてきた。
1990年代までに、自衛隊の合憲性を巡る攻防の中で、「専守防衛」という大原則が確立され、それに付随して「自衛隊の海外派兵の禁止」、「集団的自衛権行使の禁止」、「攻撃的兵器保有の禁止」、「武器輸出(禁止)三原則」、「防衛費のGNP(のちにGDP)比一%枠」が確立し、「平和国家」としての形が整った。しかし、1991年に勃発した湾岸戦争で自衛隊が海外派遣されて以降、安倍政権での安保法制の制定、岸田政権での安保三文書の閣議決定で次々と原則が破られ、高市政権で「武器輸出の原則禁止」が「原則容認」になった。今では、沖縄や南西諸島をはじめとして日本各地のミサイル基地化が進み、国内だけでなく、海外での合同軍事演習も行われ、戦争の準備が急速に進められている。
自民党政権は、戦後最悪の安全保障環境を理由に、日本の平和を守るために軍事的な抑止力が必要だとしている。しかし、抑止力とは、戦争する意思と能力があることを相手に示し攻撃を思いとどまらせるための威嚇である。軍事力を増強し抑止力を高めることは、日本は戦争をする能力と戦う覚悟があることを相手に示すことであり、戦争をしたくないから抑止力を高めるというのは成り立たない。戦争をする能力があっても意思がなければ相手の脅威にならないが、戦う意思もあるとなれば脅威となり、それを理由に攻撃の対象になる。カナダのブリティッシュコロンビア大学の研究で、「軍事競争が82%の確率で戦争につながった」という報告がある。実際、政府は抑止が破れ戦争になることを想定した準備を進めている。「抑止力強化は平和を守るため」という言い分はウソであり、そうなればいいなという幻想に過ぎない。
安全保障の根本は、敵対する国を作らないことだ。しかし、高市首相は国会での不用意な台湾発言によって、中国との関係を最悪なものにした。今までの政権は、中国の覇権的な活動を脅威としながらも、「お互いが脅威とならない」という日中首脳会談(2008年)での合意の下、双方の共通利益を重視する「戦略的互恵関係」のための外交努力も進めてきた。日本を取り巻く安全保障の悪化は、中国との武力対立の意思を示した高市首相の政治姿勢にある。
日本国憲法の前文は「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」と定めている。日本国民だけでなく、全世界の国民に「平和的生存権」が有することを認めた日本は、国際社会に対する立場として、あらゆる人の生命と尊厳を最優先し、特定の国の国民を軍事的に敵視してはならないことになる。法の支配から、力の支配へと大きく変わろうとする世界で、日本がすべきことは、仮想敵国を前提とする軍事同盟や軍事ブロックを強化することではなく、人権保障や武力行使禁止のための国際的な枠組みを推進するための外交である。「平和って祈るだけかと子に聞かれ」は、昨年の毎日新聞の仲畑流万能川柳で最優秀になった作品だ。今こそ、国レベルの外交だけではなく、自治体、文化、経済、政党・議員、市民など、さまざまなレベルでの外交を通して、信頼関係を醸成し、戦争が起きないような環境を作ることが求められている。市民による集会やデモも、高市政権の軍拡、改憲の動きに抗する市民の存在を世界に示すという意味で立派な外交だ。
大井九条の会代表 田村嘉浩

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